全社員が集められ社長から「知恵」を求められた時、驚きと共に申し訳ない気持ちでした。メーカーから求められていた生産力ではあったものの、ハシゴが外されそれらを活かす場所を模索することになってしまった。工業系の学校を卒業してからずっとお世話になってきたのに、もっと早くから製造現場を預かる私が自分たちの技術力や精度の高さの活用を模索していれば、社長に頭を下げさせることはなかった…。心のどこかで「仕事はなくならない」という想いがあって、環境に流されていました。
全体会議後に製造部のメンバー45人全員を集めて最初に言ったのは、「一人ひとりが感じる、この現場の強さを教えて欲しい」と。様々な意見が挙げられる中、まずは「99.997%の精度」「圧力に関する知識」の2つを軸に考え、そこに「耐久性」と「BtoC」を加え4つのキーワードが重なる既存の製品を探しました。
「自分は、コーヒーが好きでカフェに足を運ぶのですが、自宅に家庭用のエスプレッソマシンも購入して楽しんでいます。家庭用は、ボイラーの能力が低いのでまだまだ改善すべき点が多くあります」
料理器具や健康マシーンなどのアイデアがホワイトボードに並ぶ中、入社3年目の社員から出た意見が気になりました。調べてみると、国内の喫茶店の数は減りつつあるが、海外に目を向ければ数は増えていること。日本で飲まれているコーヒーの63%は、家庭で飲まれていることも分かりました。マシンの耐用年数を5年〜10年と考えれば、業務用も家庭用も入れ替えのチャンスは必ずある。光が差し込んだ瞬間でした。残るは、自分たちの技術でエスプレッソマシンを製造することが可能か否かです。翌日から、何軒かの厨房機を扱うリサイクルショップに足を運びエスプレッソマシンを探しました。見つけたのは、コンピュータ制御によるセミオート式抽出のマシン。一つひとつ部品を取り外しながら、どういった構造なのかを調べていきました。すると、製造部で働く皆んなが初めてみるマシンに興味津々で集まってきました。
全ての部品を外し終え、パーツの数や設計に関しては難しいと思うレベルでは無いと感じました。残りは、興味を持って集まってきた仲間達が「自分たちの力があれば、もっと優れたマシンを世に生み出せる」といった、前に進む雰囲気が自然と作られるかどうかでした。何故なら、新参者の私たちが先を走るメーカーを追い越すには、彼らが一枚岩となり魂を込めたマシンを生み出さなければ追いつくことさえ出来ないと思ったからです。魂は、会社概要には載せていない私たちの個性です。個性は、戦略に変わるものであり、強さがなければ各メーカーとの競争を勝ち抜くことはできません。
「今、自分達に出来ることはたった一つだと思います。どのメーカーよりも、優れたエスプレッソマシンを生み出すこと。目の前に並んだパーツがあればエスプレッソマシンは組み立てられる、ならばどのメーカーよりも優れた部品を製造し組み立てれば追いつくことはできます」
口を開いたのは、3日間家に帰らず自分と一緒に会社の未来を考えてくれたサブリーダーでした。製造部の空気が変わった瞬間でした。ここから先は、設計を担当する開発部へバトンパスです。どのような機能を搭載することでアドバンテージを得ることができるか、それにより必要な電子部品や金型は決まってきます。
全社員で苦境を乗り越える、スタートの号砲が鳴り響きました。
(フィクション)